植田ショックとブラックマンデーの不思議な類似点

ブラックマンデー 日経平均株価

令和のブラックマンデー

「言葉が出ない・・・」「相場に絶対はない・・・」2024年8月5日の植田ショックによる日経平均株価の暴落について、大手経済新聞社による個人投資家へのインタビューの内容だ。

あれから1年9か月、日経平均は63,000円台へ突入、押し目待ちに押し目無しの状況で株価は急騰相場を迎えている。不安を抱えながらも、売りから入れば速攻で大きな損失を出す現状では買うしかない。そして買えば利益が得られるという環境が続いている。

今から思えば、2024年8月の植田ショックとは、株式市場にとっては丁度よいガス抜きになったのかもしれない。植田ショックによる株式市場の暴落は「令和のブラックマンデー」ともいわれるが、実は1987年に起こったブラックマンデーと植田ショックには不思議な類似点が多くあるのだ。

不思議な類似点①金融引き締め転換

1987年9月米FRBグリーンスパン議長は、ドル安とインフレ退治を目的に約3年半ぶりに利上げを決めたが、翌月19日、1日の取引で22.6%安の大暴落を記録、日経平均も14.90%の暴落となった。

そこから約37年後の2024年7月に日銀植田総裁の金融引き締め策への転換から、8月5日には日経平均は12.40%の暴落、7月からは約1万円の下落となった。

実は、この2つの暴落劇はそれまでの金融緩和策から金融引き締め(利上げ)という金融政策転換から始まっている。ともに突然の政策転換からの暴落という点もそっくりなのである。

不思議な類似点②高値圏からの急落

ブラックマンデー、植田ショックはともに金融政策転換をきっかけとしていたわけだが、それ以前は金融緩和策をとっており、株価は絶好調な状態であった。つまり、米国株式市場、日経平均ともに高値圏からの急落であり、それだけショックも大きいものとなった。

総強気相場(ブル相場)からの急落であり、先物・信用買いが一気に巻き戻されることからの暴落となった。日本市場においては、急激な円高(円キャリートレードの解消)も引き起こされ、暴落を加速させ投資家をパニックに陥れた。

不思議な類似点③ともにガス抜きの役割を果たした

実は③が最も重要だと思っている。ブラックマンデーも植田ショックもともに歴史的な暴落として記録されているものの、その後は短期間に株価は回復しており、もとの総強気(ブル)相場に戻って高値を更新し続けているということだ。

この2つの暴落劇は、その後の相場展開から見ると絶好の押し目となり、うまい具合にガス抜きの役割を果たしたと言えるのだ。

ちなみに、日経平均に関して言うと、ブラックマンデーから最高値の38,900円台まで2年2か月強の時間がかかり、2008年の7,000円割れまで下落相場が続いた。植田ショックから現在までの期間は1年9か月ほどのところにある。

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